
映画解説「ザ・フライ」は愛と老化と死を描いた悲劇の物語


初めて観終えた時に、そう思いました。
本作品の感想をぎゅっと凝縮したツイートをしているので以下に示します。
一度は観ていただきたい映画です。
- ホラー映画を観たい人
- 悲しい物語が観たい人
- 「第9地区」「ミスト」「セブン」「バタフライ・エフェクト」などの言葉に反応する人
本記事では、作品情報やあらすじに加えて、解説を交えて感想を述べていきます。
目次
ザ・フライの作品情報
原題 | THE FLY |
ジャンル | ホラー/SF |
製作年・上映時間 | 1986年・97分 |
キャッチコピー | Be afraid. Be very afraid. |
アカデミー賞 | メイクアップ賞 受賞 |
原作 | ジョルジュ・ランジュラン著 『蝿(はえ)』 |
監督 | デヴィッド・クローネンバーグ |
主なキャスト (カッコ内は役名) | ジェフ・ゴールドブラム (セス・ブランドル) ジーナ・デイヴィス (ベロニカ・クエイフ) |
本作品の主人公セス・ブランドルを演じています。
「ジュラシック・パーク」シリーズのマルコム博士。「インデペンデンス・デイ
」にも出演。
知性を持ちつつ、ちょっと風変わりな役がハマります。
ちなみに、本作品で共演しているベロニカ役のジーナ・デイヴィスとは、撮影当時は恋人同士でした。
ジーナはジェフの話し方に似てしまっていたため、それを矯正する必要があるほど2人は仲が良かったです。
ザ・フライのあらすじ(ネタバレ無し)
科学者セス・ブランドルは転送機「テレポッド」を発明。
取材に来た新聞記者であるベロニカの前で、無機物を瞬間移動させることに成功。
彼女との関わりの中でヒントを得て、テレポッドを改良し生物の瞬間移動にも成功させる。
その後、泥酔したセスは、人間の瞬間移動として自分自身を実験台にすることに。
転送機の中に自身を投じるも、その中に1匹の蠅(ハエ)が入ってしまう・・・。
(ネタバレを含む詳しいあらすじはMIHOシネマをご覧ください。)
解説&感想(ネタバレあり)
ハエの生態に基づいた表現

テレポッドによって人間セス・ブランドル×蠅=「ブランドルフライ」が誕生してしまいます。
超人的な能力を手にしますが、一方で目を背けたくなるような演出もありました。
ブランドルフライは初めの見た目こそ人間ですが、生態としては蠅になっています。
具体的にどんなところが蠅の生態であるのか以下にまとめます。
- 甘い物を欲する
- 手から粘着質の液体を出す
- 性欲が強い
- 消化酵素を出す
- 変態する(幼虫→成虫)
●甘い物を欲する
蠅の好きな物は、花粉や果物です。つまり、甘い物が大好物です。
蠅と融合した後のブランドルも、甘い物ばかり食べています。
アイスクリームのバケツ型を食べたり、チョコバーを食べたり。
ベロニカとのカフェのシーンでは、コーヒーに何杯もの砂糖を入れています。
これらのように、急に甘い物を食べだす変化があります。
ちなみに、カフェのシーンでは、ブランドルがベロニカに持論を矢継ぎ早に話します。
まさにうるさい(五月蠅い)ほどに。
●手から粘着質の液体を出す
蠅は、その手から粘着質の液体を出せるため、天井や壁に留まっていられます。
ブランドルも変化が進行していく中で、爪先から液体が出ました。これはその液体だと考えられます。
●性欲が強い

蠅は短命(1~2か月)ですが、その間に5~10回ほど産卵します。
よって、その性欲の強さはブランドルフライにも表れています。
6時間もやっていたり、ベロニカと別れた後に別の女性を見つけようとするほどです。
ちなみに、この女性がブランドルにアルコールを体に塗ってあげようとしたシーンにも蠅の生態が表れています。
蠅の体には気門という空気を取り込む穴があり、そこから血液に酸素を取り込んでいます。
ブランドルフライにも気門が出来ているため、アルコールにふれることは血液にアルコールを取り込むことになります。よって、急性アルコール中毒になり死に至る可能性が出てきます。
そのため、ブランドルはアルコールを過剰に拒否したのです。
●消化酵素を出す
ブランドルフライの変化が進行している中ほどで、ブランドルの食べ方が変わります。
歯が抜けて噛めないために、口から白い液体を出します。
この液体は「タンパク融解酵素」と考えられます。
蠅の幼虫であるうじ虫は、このタンパク融解酵素を出すことで、たんぱく質を融かし摂取します。
ブランドルフライは、二足歩行ではありますが、この時点ではまだ「うじ虫」レベルだということも分かります。
●変態する(幼虫→成虫)
この要素が一番衝撃的な展開を生んでいます。

蠅は、うじ虫から脱皮を繰り返し、やがてさなぎを経て成虫になります。
先ほど、消化酵素を出している時点ではまだ「うじ虫」だと述べました。
物語のいよいよ終盤、ベロニカをテレポッドに入れようとする時に、ブランドルフライは「成虫」段階へと変わっていきます。
最後の脱皮を終えたブランドルフライの姿は、もはや人間の面影もない目を背けたくなるような姿です。
このように、変態するという点でも蠅の生態を表しています。
ちなみに、ショウジョウバエの遺伝子の約60%が、ヒト遺伝子と相同性を持ちます。さらに「成長」に関わる遺伝子も似ていることが明らかになっています。

1958年『蠅男の恐怖』との違い

「ザ・フライ」は1958年制作の『蠅男の恐怖』のリメイクです。
しかし、2つの作品では相違点がいくつもあります。

- 「蠅男の恐怖」は原作「蠅」に忠実
- 物語の展開は、主人公の妻の回想というかたちで進行する
- 転送に初めて入れる動物が違う
- 転送に初めて成功する動物が違う
- 融合ではなく、体の一部が入れ替わる
- 転送直後に言葉を話せなくなる
- テレポッドが危険だと考え、自ら壊す
- 「ザ・フライ」では『助けて』とブランドルが言うが、「蠅男の恐怖」では違っている
- 映画の結論が「人知を超えるものが存在する」ということ
監督が原作から加えた〇〇

「ザ・フライ」が公開された当時は、エイズの批判映画ではないかと言われていました。ちょうど性感染症の問題が世間を騒がせていたからです。
しかし、その意見は監督からしたら見当ちがいでした。
監督はこの「ザ・フライ」を『愛と老化と死を描いている』と述べています。
ブランドルとベロニカが出会ってお互い恋に落ちます。
ブランドルフライになってしまい、姿がだんだんと変わっていく様は、人間でいう老化にも当てはまるでしょう。
姿が醜くなってしまっても、ベロニカは希望を見出そうとするときがありました。
しかし、その願いも叶わず、悲しい結末を迎えてしまいます。
「蠅男の恐怖」との大きな違いの1つに「言葉の有無」があります。
クローネンバーグ監督は、本作において「言葉」は必要と考えました。ブランドル自身に、自らの体に起きている変化を言葉で表現してもらってこそ、観客の共感を得られると考えたのです。
結果的に、それは成功していると思います。
結末の衝撃の強さがそれを証明しています。